Nobody Nobody

「言葉=伝わる」のなら いいのにね

2020年07月


だいぶん、ごぶさたしております、まめです。

相変わらず体調は悪いんですが、体調が悪い日常に慣れてきた感じです。

昨日の緊急地震速報ビックリしましたね。
あの音聞いてまず何しました?
ワタシは、いそいで靴下を履きました。
もし外に逃げる、となった場合、ハダシで靴履くのは気持ち悪いですからね。

結果、ぜんぜん揺れませんでしたけど。よかったです。
気象庁の方が謝罪してましたけど、べつに謝るほどでもないですよね。
逆パターンよりはぜんぜんいいですからね。

さて、放置されていたブックカバーチャレンジ第5冊目は
『異邦人』アルベール・カミュ(1942) です。

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自分のことも、どこか離れたところから俯瞰してるような冷静さがあって、
意味のないことは喋らないムルソーに、はじめて読んだときから好感を持ってました。
さらに、「私は実際何に興味があるかという点には、あまり確信はなかったが、
何に興味がないかという点には、十分確信があった」…これには甚く共感。 

カミュには『ペスト』という作品もありますね。
今、時勢もあってすごく売れてるようです、読んだことないので気になってます。



第4冊目は『デッドエンドの思い出』よしもとばなな(2003) 


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5つの物語がおさめられた、よしもとばななさんの短編集。
どれもこれも、ちょっと切なく、ちょっと幸福。

ばななさんの本、全て読んだわけではないけど、ワタシはこれが一番スキ。
ロールケーキと洋食屋の『幽霊の家』と、
あったかいものを大切にする『ともちゃんの幸せ』、
それから表題作の『デッドエンドの思い出』も。
どの物語からも、心の豊かさと優しさと、小さい幸せ、を感じます。

ちなみに著者はあとがきで次のように述べている…

" 私はこの中の「デッドエンドの思い出」という小説が、
  これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好きです。
  これが書けたので、小説家になってよかったと思いました。"



第3冊目は『夜と霧』V・E・フランクル(1956) 


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言わずと知れたナチス強制収容所の体験記であります。
これはもう、読んでない人には、是が非でも読んでほしいナと、思う本。

その恐ろしい世界では、精神の自由と内的な豊かさへと逃れる道を持っている者、
即ち比較的繊細な性質の人間のほうが、頑丈な体を持つ者よりも、
収容所生活をよりよく耐え得た、と記されている。

このことは、先日書いた『シッダールタ』でも語られている。

” あなたの内部には静かな避難所があって、あなたはいつでもそこへ入って、
  そこを家とすることができます。私もそうすることができます。
  だが、そういうところを持つ人はほとんどありません。実際は誰でも持ちうるはずなんですが ”

ヘルマン・ヘッセに、フランクル。
どうやらワタシはドイツ文学に馴染みやすい傾向があるらしい。

ちなみにワタシが持っている『夜と霧』は1956年刊行の霜山徳爾さん訳だが、
2002年に
 池田香代子さんによる新訳が発売されている。
読み比べてはいないが、新訳の方は「写真と図版」がカットされているらしい。
それは絶対にカットしたらいけないよ、とワタシは思うのだけど、
『夜と霧』をルポルタージュではなく文学作品として捉えるなら、
まぁ、グロテスクな写真はカットした新訳でもいいのかもしれない。
(けどなぁ・・・)


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